名優アンソニー・ホプキンスが怪演!認知症患者の視点で描かれる「ファーザー」はホラーより恐ろしい?

名優アンソニー・ホプキンスが怪演!認知症患者の視点で描かれる「ファーザー」はホラーより恐ろしい?

今回は2020年のアメリカ映画「ファーザー」をご紹介します。

名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を演じ、「羊たちの沈黙」以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞した人間ドラマです。

日本を含め世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」を基に、老いによる記憶の喪失と揺れる親子の絆が描かれています。

ロンドンに暮らす80代の独居老人アンソニーは、娘のアンが連れてくる介護ヘルパーを次々に拒絶しては「1人に暮らしていける」と言い張ってアンを困らせていました。

アンはアンソニーに「恋人とパリで暮らすことになって、今までのようにお世話ができないから、これ以上ヘルパーを拒否するなら老人ホームに入ってもらうしかない」と告げます。

ある日、アンソニーの家のソファに突然見知らぬ男が座っていました。驚くアンソニーに、男はアンの夫だと言います。

その後、帰宅したアンも彼が知っているアンではありませんでした。

そして、アンソニーにはもう1人の娘ルーシーがいたはずですが、その姿はありません。

現実と幻想の境界が曖昧になっていく中、アンソニーはある真実にたどり着きます。

認知症をテーマにしている映画は数多くありますが、「ファーザー」のユニークなところは、認知症になった80歳の父アンソニーの視点でストーリーが進むところです。

そのため、観る側も巻き込まれてしまい自身が認知症になった時、世界がこのように見えているのだと認識させられます。

アン役は「女王陛下のお気に入り」のオリビア・コールマン。原作者フローリアン・ゼレールが自らメガホンをとり、脚本家クリストファー・ハンプトンとゼレール監督が共同脚本を手がけています。

第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演女優賞など計6部門にノミネート。ホプキンスの主演男優賞のほか、脚色賞を受賞した作品です。

今回は「ファーザー」のあらすじ、キャスト、解説などをご紹介します。

あらすじ(ネタバレあり)

80歳を超えるアンソニーは、認知症が進んでいました。娘のアンは父親を心配してヘルパーを雇いますが、アンソニーはすぐに追い返してしまいます。

アンソニーにアンは、近々パリに引っ越し、新しい恋人と一緒に住むことにしたと告げます。

アンソニーは、アンがジェームズと結婚していると思っていましたが、アンは5年前に離婚していることを知っているはずだと言います。

ある日、ソファに見知らぬ男が座っていました。男はアンの夫でポールだと名乗ります。

アンは離婚しているはず。訳もわからずアンソニーが尋ねると、アンとは結婚して10年になると言います。それだけではなく、ここは自分の家だと言うのです。

その後、家に戻ってきたアンは、昨日アンソニーを訪れたアンとは全く別人でした。

新しい介護士ローラがやってきました。アンソニーは、ローラがもう一人の自分の娘、ルーシーによく似ていると言います。

介護士

ルーシーは世界中を旅しており、長いこと会っていないと懐かしそうに語ります。

別の日、部屋にはアンがポールと呼ぶ男がいました。彼は「いつまで我々を苛立たせる気なんですか」と、アンソニーに暴力をふるってきます。

アンが慌てて助けに来て、泣いて助けを乞うアンソニーを優しくなだめました。

また、ある夜アンソニーは彼を呼ぶ声で目を覚まします。アパートの中を声の主を探しているはずが、病院の廊下に出ていました。
とある一室に入ると、そこには大けがを負い、ベッドに横たわるルーシーの姿があります。

彼女ははるか昔に交通事故で亡くなってしまったことをアンソニーは思い出したのでした。

目を覚ますと見知らぬ部屋にいます。介護人らしき男女が入ってきました。女性はアンだと名乗っていた女、そして男性はリビングで座っていた男。

アンソニーは何が何だかわからなくなっていきました。

「私は誰なんだ」とアンソニーは頭を抱えて自己崩壊を加速させていきます。自分の母親の話をし始め、やがて「自分の中の枝葉が一枚一枚なくなっていく」と取り乱します。

介護人の女性はアンソニーを抱き寄せて言います。「天気がいいから2人で散歩に行って、一緒に木の葉を眺めましょう」と。

窓の外ではたくさんの葉をつけた木が優しく風に揺れていました。

キャスト

アンソニー(アンソニー・ホプキンス)

81歳を迎えたアンソニーには認知症の症状が出ていました。しかし、癖の強い性格のアンソニーは「誰の助けもいらない」とヘルパーを拒否。

そんな父親にアンは、ロンドンを離れるから今のように毎日会いにくることができないと告げました。

 

演:アンソニー・ホプキンス
ロンドンの王立演劇アカデミーで演技を学びます。以後は、ロイヤル・コーストやナショナル・シアターの舞台を踏み、ローレンスオリヴィエの代役を演じて注目を受けます。

映画デビューは68年、「冬のライオン」。以来、数々の映画に出演。存在感のある名脇役ぶりを披露し一部の人気を集めるようになります。
『羊たちの沈黙』(91)で演じた精神病質のハンニバル・レクター博士役が高く評価され、この作品でアカデミー主演男優賞を受賞します。

その後も、続編『ハンニバル』(01)や『レッド・ドラゴン』(02)で同じくレクター役を演じています。

アン(オリヴィア・コールマン)

仕事をしながらアンソニーを自分の家に引き取って彼の面倒をみようとする娘です。

演:オリヴィア・コールマン
2005年の「Zemanovaload(原題)」で長編映画デビュー。「ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!」「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」などの話題作に出演しています。

TVシリーズ「ナイト・マネジャー」でゴールデン・グローブ賞を受賞。

ヨルゴス・ランティモス監督作「女王陛下のお気に入り」(18)ではアン女王を怪演し、アカデミー賞主演女優賞をはじめ多くの映画賞に輝きました。

男(マーク・ゲイティス)
アンソニーのマンションの居間で、ソファに座っていてここは自分の家だと言ってアンソニーを驚かす謎の男です。映画の結末では別の人物として登場します。

演:マーク・ゲイティス
俳優兼脚本家としてTVドラマでキャリアを積みます。俳優としては「バースデイ・ガール」(02)で映画デビュー。

脚本家としてはBBCの人気ドラマシリーズ「ドクター・フー」のエピソード脚本(05~17)を手がけ「SHERLOCK シャーロック」シリーズ(10~17)では、シャーロックの兄マイクロフト・ホームズ役で出演しています。

舞台でも俳優・劇作家として活躍を続けるほか、小説家の顔も持っています。

ポール(ルーファス・シーウェル)

アンの夫です。アンソニーと相性が悪く、彼を施設に入れるように強く求めています。

夫

演:ルーファス・シーウェル
ロンドンのセントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで演技を学び、1986年に舞台『Making It Better』でデビューします。

1991年に『21/Twenty-One』で映画デビュー。イギリスのテレビシリーズではチャールズ2世を演じています。映画では『ROCK YOU!』を始め、敵役を演じることが多い俳優です。

ローラ(イモージェン・プーツ)
アンソニーのために新しく雇われる明るく親切なホームヘルパーです。

演:イモージェン・プーツ
04年、TVドラマに初出演し、翌05年の「Vフォー・ヴェンデッタ」でスクリーンデビュー。「28週後・・・」(07)で注目を浴びます。

The Look of Love(原題)」(13)ではブリティッシュ・インディペンデント・アワーズの最優秀助演女優賞を受賞しています。

女(オリヴィア・ウィリアムズ)

映画の序盤でアンソニーのマンションにやってきて、自分は娘のアンだと言ってアンソニーを困惑させる謎の女。映画の途中と結末でこれまた別人として登場します。

演:オリヴィア・ウィリアムズ
Bristol Old Vic Theatre Schoolで演技を学び、3年間ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの舞台に立っています。

主な出演作に、映画『シックス・センス』、『ゴーストライター』やテレビドラマ『ドールハウス』などがあります。

基本情報

基本情報

監督      フローリアン・ゼレール
脚本      フローリアン・ゼレール クリストファー・ハンプトン
原作      フローリアン・ゼレール 『Le Père 父』

製作      フィリップ・カルカソンヌ サイモン・フレンド ジャン=ルイ・リヴィ 他
製作総指揮   ダニエル・バトセク ローレン・ダーク ポール・グリンデイ 他

出演者     アンソニー・ホプキンス オリヴィア・コールマン マーク・ゲイティス

音楽      ルドヴィコ・エイナウディ
撮影      ベン・スミサード
編集      ヨルゴス・ランプリノス(英語版)

製作会社    F・コム・フィルム トレードマーク・フィルムズ Cine@
配給       〔イギリス〕 ライオンズゲートUK 〔日本〕 ショウゲート
公開       〔イギリス〕 2021年1月8日 〔日本〕 2021年5月14日
上映時間           97分
製作国       イギリス フランス アメリカ合衆国
言語         英語
製作費           $6,000,000
興行収入           〔世界〕 $28,398,218

受賞歴

受賞歴
第93回アカデミー賞
主演男優賞        アンソニー・ホプキンス
脚色賞

史上最高齢の主演男優賞

第93回アカデミー賞が発表され、「ファーザー」で認知症の父親を演じたアンソニー・ホプキンスが、史上最高齢でのアカデミー賞主演男優賞俳優となりました。

これまでの主演男優賞受賞者の最高齢は「黄昏」のヘンリー・フォンダで76歳。ホプキンスは現在83歳で大幅に記録を更新しました。

「羊たちの沈黙」で主演男優賞を受賞しているホプキンスですが、助演男優賞を含めるとノミネートだけでも6度目となります。

この役で本人が「自分に大きなトラウマを与えた父親をそのまま演じた」と語るその演技は、「彼の代表作の1つとして歴史に残る」と、各方面から喝采を浴びています。

また、有名批評サイト『ロッテントマト』でも100%の満足度を記録するほどの評価を得ています。

アンソニー

演技について、
「演技というものは絵空事であって、その要素はすべてシナリオの中にある」というのが彼の持論で、どのような役であっても特別にリサーチして演じることはないといっています。

これは役柄の徹底的なリサーチに基づいたリアリティを追求するロバート・デ・ニーロなどの俳優主体ともいえる演技スタイルと対極にあるともいえます。

実際にデ・ニーロ等のアプローチを批判し「馬鹿げている」と罵ったことでも有名です。

その考えから、脚本家の書いたシナリオのチェック・暗記は徹底的に行い、その台詞などを忠実に再現した上で撮影の際にはきわめて自然で役柄本人になりきっているかのような卓越した演技力を発揮します。

この作品は、記憶を失って行く父と、それを支える娘のお話しです。
そんな認知症の父親を介護する娘役は、『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞主演女優賞を受賞した英国女優オリヴィア・コールマンが務めました。

彼女もその徹底した役作りで知られる彼女ですが、「ファーザー」では、記憶と現実が崩れゆく父を想いながら、新たな人生を踏み出す娘をリアルに演じています。

フローリアン・ゼレール

監督・原作・脚本

この作品のもとになったのは、フランスの作家・フローリアン・ゼレールの同名の戯曲です。映画化にあたっては原作者のゼレールが脚本を執筆し、メガホンも取りました。

1976年生まれ、フランス・パリ出身のゼレールは、22歳のときに書いた小説『Neiges artificielles(原題:人工雪)』で作家デビュー。

2004年には小説『La Fascination du Pire(原題:邪悪の魅惑)』で、フランス文学の権威あるアンテラリエ賞を受賞しています。

ゼレールは劇作家としても非常に高く評価されており、彼の最初の作品「もう一方(原題:L’Autre)」は繰り返し上演され、第3作「もし死ぬのなら(原題:Si tu mourais)」はフランス国内でクリスタル・グローブ賞の候補になっています。

2011年の作品「母(原題:La Mère)」はモリエール賞を受賞、さらに「真実(原題:La Vérité)」は欧州各国でも成功を収めています。
イギリス・ガーディアン紙が「現代で最もエキサイティングな劇作家」と呼ぶほどです。

「ファーザー」の原作である戯曲『Le Père(原題:ザ・ファーザー)』は2012年にフランスで発表された後、2014年にロンドン、2016年にニューヨークで公演されました。

2014年にフランス演劇関連では最高の賞とされるモリエール賞の最優秀脚本賞を受賞したこの作品を、イギリス・タイムズのマガジンは2010年代に最も称賛された戯曲と評しています。

インタビュー

フローリアン・ゼレール監督のインタビュー記事です。
15歳の時に母代わりとして育ててくれた祖母が認知症を患った経験を持つゼレール監督。

『ファーザー』のテーマである認知症についてゼレール監督は、
「認知症は現代において最も悲しい問題です。それに誰もが共感できる問題でもあります。誰だって自分自身を失ってしまうのは怖いでしょう」と語っています。

現実と幻想の境界が曖昧になっていく認知症を患う父の視点で描かれるこの作品ですが、観客に対して、

「認知症の症状の一部を自分で経験しているような立場で自分事として見てほしい。
ストーリーは迷路のようなもので観客はその中にいて出口を探さなければなりません」

と、誰もが直面するであろう愛する家族とのジレンマについてメッセージを贈っています。

実際には何が起こっていたのか?

『ファーザー』は認知症を題材にした映画ですが、最も驚かされるのは、認知症になった80歳のアンソニーの視点でストーリーが進むところです。

そのため、観る側も一体何が何だか、真実が全く分からなくなってしまいます。

以下に、アンソニーに実際に起こった(と思われる)出来事を私なりに解説してみます。

父アンソニーの認知症が酷くなり始めたので、世話をするために彼らのアパートに引き取りました。
しかし、アンソニーの認知症は酷くなる一方。アンソニーの同居に賛成していたポールも、次第に施設に預けたほうがよいという考えになり、2人は口論をするようになっていました。

親子

ついにアンは彼女自身でアンソニーを世話することをあきらめて、彼を養護施設に入れます。そしてポールの後を追ってパリに引っ越します。

アンソニーが別人のアンとポールとして時折見ていたのは、施設で働く介護士のビルとキャサリンだと思われます。

すでに施設に入って月日が経っており、アンは時折、週末にパリから戻ってきて様子を見に来ていたのです。

アンソニーが病院でルーシーを見るのは夢の中だと思われますが、これも過去の事実です。
しかし、アンソニーは受け入れられず記憶から消してしまっています。

その後、目覚めたアンソニーは介護に来たキャサリンに、ここに数週間前から住んでいることや、アンは数ヶ月前からポールとバリで暮らしていることを明かされます。

彼はキャサリンの言葉に、理解したような理解していないような受け答えを繰り返し、母親のことを話し始めて、「母親に会いたい」と泣き出してしまいます。

「すべての葉を失っていくようだ。枝や風や雨、何が何だかわからない」は、アンソニーが始めて認知症を自覚した言葉ではないかと思います。

キャサリンはアンソニーを落ち着かせ、「あとで外に散歩に行こう」とあやしています。

みなさんも自分なりの解釈をしてみてください。きっと違ったものになるのではないかと思います。

まとめ

今回は「ファーザー」をご紹介しました。

公式HPでは、認知症の父とその介護をする娘の絆を描く感動のヒューマンドラマ・・・的な宣伝をされていましたが、実際の内容は全く異なります。

高齢者の認知症をテーマにした映画は、少なくありませんが、しかし、当事者の視点から認知症患者の世界を描いた作品は過去にないのではないでしょうか?

映画「ファーザー」は、ほとんどのシーンがアンソニーの主観として語られています。

そのため、頭がかなり混乱し、観ている人自身が、認知症になったかのような体験をするような作りになっています。

アンソニーには何が見えていたのか。彼の頭の中で展開される断片的な記憶は誰が、いつ、何を言ったのかが全てシャッフルされています。

叩かれたのはポールではないのかもしれないし、アンはフランスにはいないかもしれない。アンとして登場する人物も本当にアンなのかすら疑わしい。

とにかく辻褄が合わない、時間の前後が分からない、場所の移り変わりが分からない。

「ファーザー」という作品は、認知症の現実をリアルに体感できるため、かなりのショックを受けてしまいます。

しかし、それが認知症の現実であり、認知症にはなりたくないという恐れと共に、この病気で苦しんでいる人への理解度が増すことは間違いありません。

「ファーザー」はミステリーではなく、ヒューマンドラマであり家族の物語です。どこかの家庭で今まさに起こっているドキュメンタリーと言えるかも知れません。

私も自分がもし認知症になったら、どこか施設にでも放り込んでほしいと漠然と思っていました。

しかし、「ファーザー」を見ると、本当に娘が自分をただ捨てただけのように思えてしまいます。

そこに悪意があるのか判断はつきませんが、アンソニーはアンに見放されたことだけは、はっきりと感じています。自分が迷惑をかけているだなんて夢にも思っていないはずです。

そして、誰だか分からない人たちに介護されながら生きていく。ある日は理解できるかもしれないが、ある日は全く分からない。

それは強烈なストレスとなり、怒りや哀しみとなってあらわれます。「自分はその苦しみに耐えられるのだろうか」そんなことを感じました。

「ファーザー」は、認知症になった父親目線で見せるストーリーです。
ミステリーやサスペンス映画のように感じる違和感や、矛盾。辻褄の合わなさに正直、途中で観る気が失せてしまいそうになります。

しかし、最後までストーリーに集中できたのはアンソニー・ホプキンスの演技あってこそだと思います。

特に、ラストシーンの演技は素晴らしいです。難しい映画ですが、ぜひラストまで観てください。