今回は「ミナリ」という映画ををご紹介します。
1980年代のアメリカ南部を舞台に、韓国出身の移民一家が理不尽な運命に翻弄されながらもたくましく生きる姿を描いた家族映画です。
『ムーンライト』や『レディ・バード』など作家性の強い作品で今やオスカーの常連となったA24と、『それでも夜が明ける』でエンターテイメントの定義を変えたブラッド・ピットのPLAN Bがタッグを組んでの製作です。。
父親ジェイコブ役には『バーニング 劇場版』「ウォーキング・デッド」のスティーヴン・ユァン。
監督は、米国有力映画メディア「インディワイア」で「今年最高の監督10人」に、デヴィッド・フィンチャーやスパイク・リーと共に選ばれたリー・アイザック・チョン。
新海誠監督の『君の名は。』のハリウッド版の監督として抜擢された大注目の新鋭です。
第93回アカデミー賞にて、作品賞含む6部門ノミネート。祖母スンジャを演じたユン・ヨジョンが助演女優賞に輝いています。
それでは、解説していきましょう。
Contents
あらすじ(ネタバレあり)
1980年代のアメリカが舞台です。
韓国から10年前にアメリカに移住してカリフォルニアで暮らしていたジェイコブは、農業での成功を夢見て家族でアーカンソー州に引っ越してきました。
妻モニカは、ボロボロのトレーラーハウスの家に文句を言います。
長女アンは、ゴミをドラム館に入れ、庭で燃やすのにビクビクです。
心臓に持病のある息子デビッドは、ジェイコブと水が湧く場所を見つけます。そして、それを農地用水に使うことにします。
ジェイコブとモニカは、昼はカリフォルニアから生業にしていた雛鑑別(ひなかんべつ/オスとメスを見分ける仕事)をし、ジェイコブは帰ってから畑作業をします。
ジェイコブはポールという白人男性を雇い、2人は毎日必死に農作業をしました。
韓国からモニカの母スンジャがやってきました。スンジャは騒がしく毒舌で、料理は全くできず、唯一の特技は花札という一風変わったおばあちゃんでした。
一方、ジェイコブは地元の変わり者ポールに手伝ってもらいながら、ナスやパプリカ、トウガラシなどを順調に育てていきました。
資金繰りに頭を抱えるモニカに「俺が責任を取る。失敗したら出て行ってもかまわない」とジェイコブは決意を語りました。
しかし、モニカは成功することよりも家族が一緒にいることが一番の幸せだと信じ納得できずにいました。
デビッドとスンジャは両親から禁止されている川のほとりに2人で出かけては、スンジャが韓国から持ってきたミナリ(セリ)の種が育っていく様子を見に行きました。
ある日、デビッドが目を覚ますと一緒に寝ていたスンジャは失禁していました。モニカが病院に連れていくと、スンジャは脳卒中を起こしていました。
翌日、心臓を患っているデビッドの診察のため家族は街の病院へ行きました。デビッドの心臓は奇跡的にも回復を見せていました。
そのさらにあと、韓国の食材を扱う店での商談をまとめて、ようやく家族に希望が見えたと喜ぶジェイコブ。
ところが、モニカは「家を出る」と言いだします。彼女は家族を考えない夫と苦しい生活にすっかり疲弊し、我慢の限界に達していました。
帰宅中、間もなく家に着こうとしているときに、モニカは何かが燃えているような匂いに気が付きます。農作物が保管してある小屋が炎に包まれていました。
ひとり留守番をしていたスンジャが、ごみを燃やしているときに誤って火事を起こしてしまったのです。
燃え盛る炎の中、ジェイコブは少しでも使える農作物を救い出そうと突入していきます。そんなジェイコブのあとを追うようにモニカも続きます。
しかし炎の勢いが2人を襲い、逃げるのが精いっぱいでした。農作物は灰と化し、自責の念に駆られたスンジャをアンとでデビッドは「一緒に帰ろう」と慰めるのでした。
しかし、家族は再起にむけて、地下水がわく場所を見つけることから始めました。そこにはこれまでに夫の農業に賛成していなかったモニカの姿もありました。
そして、デビッドに誘われて川のほとりに向かったジェイコブが見たのは、青々と生い茂るミナリでした。
キャスト
ジェイコブ・イ(スティーヴン・ユァン)
農業で成功したいという思いから、アーカンソー州の田舎町に家族を率いてやってきた。いつまでも少年の心を持ち、子供達に成功した姿をみせたいと奮闘します。
演:スティーヴン・ユァン
1983年ソウル特別市で生まれ、ミシガン州トロイで育ち。
2018年に出演したイ・チャンドン監督作『バーニング 劇場版』での演技が高く評価され、米国の第44回ロサンゼルス映画批評家協会賞において助演男優賞を受賞します。
2020年、製作総指揮も兼任した主演映画『ミナリ』での演技を高く評価され、アジア系俳優としては初となるアカデミー主演男優賞ノミネートを果たしました。
モニカ(ハン・イェリ)
ジェイコブの妻。予想を超える田舎町での生活に不安を覚えながらも、家族を守ろうと奔走する強い女性です。
演:ハン・イェリ
大学在学中に映画に出演した際にミセアンシーンショートフィルムフェスティバルで演技賞を受賞し、世間に名前が知られるようになりました。
本名はキム・イェリ。現在は映画を中心に演技派女優として活躍しています。また、舞踊家という顔も持っています。
スンジャ(ユン・ヨジョン)
娘のモニカに頼まれ、子守りをするために韓国からアメリカにやってきた毒舌で破天荒な祖母です。
演:ユン・ヨジョン
1966年に、TBC第3期タレントとしてデビューを果たします。その後、1971年にMBC大ヒットドラマ『張禧嬪』で初の主演を務め、世間に知られるようになりました。
このドラマで悪女役を演じた彼女は、その演技力の高さからプライベートでも悪女だと思われていたそうです。また、同年に『火女』で映画界デビューも果たします。
「ミナリ」でアカデミー賞助演女優賞を受賞しています。
デビッド(アラン・キム)
ジェイコブの息子。心臓に病を抱えながらも、何もない土地に楽しさを見出し、好奇心旺盛に辺りを散策するなど、子供ならではの適応力をみせます。
演:アラン・キム
2012年生まれ。広告モデルとして活動していました。「ミナリ」のオーディションを受けたのは「大きなスクリーンに映った自分を見てみたかったから」だったそうです。
映画の大ヒットにより一躍有名になりましたが、「ミナリ」が映画デビュー作です。今後の活躍が期待されます。
アン(ノエル・ケイト・チョー)
ジェイコブの娘。幼いながらにしっかり者で、危なげな弟を見守り、母を支えるなど、優しく強い女の子です。
演:ノエル・ケイト・チョー
2009年ワシントンD.C.の郊外で生まれ育ち、現在は両親と弟とバージニア州北部で暮らしています。
ドラマのストーリーを作るのが好きで、3歳の頃から家族と一緒に様々な役を演じたり、演出したりしてきましたが、プロとしては「ミナリ」が最初の作品です。
ポール(ウィル・パットン)
敬虔なクリスチャンで、少し変わった優しい隣人です。ジェイコブの農業を手伝ってくれています。
演:ウィル・パットン
North Carolina School of the Artsとアクターズ・スタジオで学び、舞台で2度オビー賞を受賞しています。
『アルマゲドン』(98)、『タイタンズを忘れない』(00)、『プロフェシー』(02)などの作品で最もよく知られ、100本以上の作品に出演している名脇役です。
基本情報
音楽 エミール・モッセリ
撮影 ラクラン・ミルン
編集 ハリー・ユーン
配給 〔アメリカ〕 A24 〔日本〕 ギャガ
公開 〔アメリカ〕2020年12月11日 〔日本〕 2021年3月19日
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語 韓国語
受賞歴
助演女優賞 ユン・ヨジョン
「ミナリ」の見どころ
キャストの高い演技力
この作品の見どころの1つとして、韓国語と英語が入り混じるリアルな移民家族を見事に演じきったキャストたちの高い演技力があげられます。
父親・ジェイコブ役のスティーヴン・ユァン、母親・モニカ役のハン・イェリ、祖母・スンジャ役のユン・ヨジョンと、海外でも絶賛されているベテラン俳優陣に加え、期待の新人俳優たちにも注目が集まっています。
息子・デビッド役のアラン・キムは、複雑で説得力を求められる難しい役を見事に演じきり、監督が求める無邪気さ、わんぱくさ、脆さ、慎重さを見事に表現しています。
娘・姉役のアンを演じたネイル・ケイト・チョーも、これが映画デビューとなる新人です。本作が出世作になることは間違いないと思います。
タイトル「ミナリ」に込められた想い
「ミナリ」とは、韓国語で香味野菜のセリ(芹)のことです。
雑草のような逞しさで大地に根をはり巡らせ、2度目の旬が最もおいしいことから、子供世代の幸せのために親の世代が懸命に生きるという意味が込められています。
理不尽で不条理な運命に翻弄される一家が逞しく困難を乗り越えていく様子は、まさにミナリそのものです。
生きている限り人生は続き、明日は必ず来ることの尊さを教えてくれる作品です。
韓国人俳優として初のアカデミー賞
日本時間の4月26日に発表された第93回アカデミー賞で、「ミナリ」に出演したユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞しました。韓国人俳優として初の受賞です。
ユン・ヨジョンは授賞式のスピーチで、「ブラッド・ピットさん、お会いできて嬉しいです なぜもっと早く会えなかったんでしょう?」
「ご存じの通り、私は韓国出身です。”ユン・ヨジョン”ということですね? ”ユンジョン”とも呼ばれていますが、何と呼んでもかまいませんよ。普段は他のところに暮らしています。
いつもこのアカデミー賞授賞式はテレビで見ていました。私たちにとってこれはテレビ番組でしたが、私はここに来ることができました。信じられません」と喜びを表現しました。
続けて「素晴らしい『ミナリ』のファミリーです。スティーヴン、アイザック、ノエル…私たちは家族になりました。
そして何と言ってもリー・アイザック・チャンがいなければ私はここにいません。私たちのキャプテンでした。心から感謝します。
スティーヴン・ユァンとハン・イェリのインタビュー
「ミナリ」で夫婦役を演じたスティーヴン・ユァンとハン・イェリのインタビュー映像が公開されています。
ユァンは農場経営の夢を追う夫を、イェリは田舎への移住を勝手に決めてしまった夫に怒りを爆発させる妻を演じています。
自身の夢のために、家族を強引に引っ張っていこうとする夫・ジェイコブについてスティーヴンは、こう語っています。
「子どもを育てないといけないし、将来に対する不安もある。自分が築いた家族に対して何ができるんだろうという疑問。そして、男性は、恐れてはいけないとか、恐れていることを見せてはいけないというプレッシャーを感じることがよくある」
「だから内側に抱え込んでしまって、一方的に決断をしてしまったりする」
また、「強くあらねばならない」という観念に縛られ弱音を吐けない夫を演じる上で、自身も2人の子どもを持つ父親であることが役立ったことを語っています。
ハン・イェリは初めて脚本を読んだ時に、「誰もが一度は経験したことのある、人生のエピソードがふんだんに盛り込まれている」ところに注目しています。
自身が演じた妻・モニカを「何事も不器用で、とても寂しがり屋」と表現しますが、「仕事を始めて、少しずつ社会的に力を持つような女性に変わっていきます」
「それに母親ですから、家族を守らなければいけないという使命感も持っている女性です」と、慣れない土地で家族のためにたくましく成長していくモニカの強さについて語っています。
「ミナリ」の評価とカテゴライズをめぐる批判
ミナリの評価
本作は批評家から絶賛されています。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには65件のレビューがあり、批評家支持率は100%、平均点は10点満点で8.6点となっています。
サイト側による批評家の見解の要約は「スティーヴン・ユァンとハン・イェリの魅力溢れる演技のお陰で、『ミナリ』は1980年代のアメリカにおける家族と同化の物語―それは胸が痛むほど切実なものだが、優しさも確かにある―を描ききった。」となっています。
また、Metacriticには14件のレビューがあり、加重平均値は88/100となっています。
ゴールデングローブ賞におけるカテゴライズをめぐる批判
2020年12月22日、ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会は台詞の半分以上が韓国語であることを理由に、本作を作品賞の候補作から除外しました。
こうした措置に対し、アジア系の映画人を中心に批判の声が上がります。ルル・ワンは「今年、私が見た映画の中で『ミナリ』以上にアメリカ的な映画はありませんでした」
「同作は移民一家についての物語です。彼らはアメリカでアメリカン・ドリームを掴もうとしていたのです。アメリカ人は英語しか話さないという古くさい定義を変えなければなりません」
と述べています。また、ハリー・シャム・ジュニアは『イングロリアス・バスターズ』(台詞の約7割が非英語)が作品賞にノミネートされたことを引き合いに出し、本作の除外に疑義を呈しています。
「ミナリ」レビュー
ハッピーではないストーリーです。つらいことが6割、良いこと1割。どちらでもないことが3割くらい。エンディングも希望が残っているのかどうか判断つかないです。
キツい状況が続いても、それでも人生から降りるわけにはいかない。途中、失敗して自殺した人のエピソードがちらりと語られますが、夫は家族を抱えて身勝手に死ぬわけにはいかない。妻も逃げられない。
なんとかこらえて、この家族はこれから、必死に生きていくのだと思います。けっこう重めですが、観てよかったです。
映画的には盛り上がるような何かは起きませんが、大きな潮目はやはり、上記でも触れたモニカの母の登場ですね。
愛嬌のある存在ですが、デビッドの病の身代わりになり、「妖精」「見えざる力」のような、神秘的な存在に思えました。
心臓の治癒、実るセリ、夫婦仲の回復=祖母の脳卒中、火事いう、正負の法則・因果応報的な思想も感じられ、ミナリ=セリのように慎ましく、今後アメリカに根を張って生きていくであろう家族の明るい未来も感じとれる良い作品でした。
アメリカン・ドリームを叶えて家族に良い顔を見せたい夫と、安定した生活を送って家庭を守りたい妻。仕事か家族かで揉めるのはどこの国でもあるみたい。
夫婦の価値観の違いが常時ピリピリしてシリアスなのに対して、息子とおばあちゃんの間にある世代間の価値観の違いを描いているシーンは、コミカルでほっこりする。
1980年代初頭は、韓国からの移民が最盛期を迎え、今までメキシコ系住民が多かった地区にコリアンタウンができた時代です。
アメリカは朝鮮戦争の代償として、韓国人を移民として優遇しました。映画の中の妻もソウル育ちとありますが、裕福な家庭ではなかったことは容易に想像できます。
祖母がやってきますが、聞き逃せなかったのは、子供達が祖母は話せても字が読めないと言っていたことです。あの世代は日本の統治下で、日本語教育を強いられた世代。
韓国人ならピンと来る一言です。祖母が夢中になる花札も日本からの習慣ですし、決して品の良い環境の人はやらない博打です。それらがわかると一層作品の重みがわかるでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は「ミナリ」をご紹介しました。
映画のスタッフロールには「全てのおばあちゃんに捧ぐ」という言葉が添えられています。その言葉の通り、この作品はおばあちゃんへの想いが込められた映画です。
私は、この作品はスンジャおばあちゃんと息子のデビットの関係を中心に進んでいく気がします。
アメリカ文化で育ってきたデビッドにとって、韓国からやってきたスンジャおばあちゃんは、まるでエイリアンのような存在だったと思います。
得体の知れない漢方を飲ませ、口汚く、料理もできない。「クッキーを焼いてくれる優しいおばあちゃん」が理想だったデビッドは、全てが気に食わなかったと想像できます。
しかし、いたずらも笑って受け流すスンジャおばあちゃんの大らかさにデビッドも少しずつ心を開いていきます。
心臓の病や、同世代の友人がいないことから、過保護に育てられてきたデビッドにとって、彼女は唯一本音を言い合える相手になりました。
しかし、デビッドとスンジャおばあちゃんの仲睦まじい時間は、おばあちゃんの脳卒中により、すぐに終わりを告げます。
やっと掴んだと思ったのに、するりと指先からこぼれ落ちる幸せ。これは、おばあちゃんとデビッドの関係だけでなく、作品全体に散りばめられている要素です。
ジェイコブの農園、ジェイコブとモニカの関係。すべてがうまくいきそうで、ままならない。
そんな中、デビッドの心臓は奇跡的な回復を遂げていました。そして、火事には見舞われたものの、全員が生きていて、手を取り合うことの大切さを改めて知った一家。
絶望することも多いけれど、家族や周囲の人と力をあわせれば、何度でもやり直せるという力強いメッセージが伝わってきます。
根が強く、2度目の収穫のほうがおいしいとされるミナリ。この土地で生きていくと決めたジェイコブ一家の姿と重なります。
「ミナリ」は全世界で非常に評価の高い作品となりました。
脚本 リー・アイザック・チョン
製作 ジェレミー・クライナー デデ・ガードナー 他
製作総指揮 ブラッド・ピット スティーヴン・ユァン 他