「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹の短編小説を原作に描くヒューマンドラマです。
『寝ても覚めても』などの濱口竜介が監督と脚本を手掛け、『きのう何食べた?』シリーズなどの西島秀俊が主人公です。
また、歌手で『21世紀の女の子』などで女優としても活動する三浦透子がヒロインを演じ、『運命じゃない人』などの霧島れいかや、『さんかく窓の外側は夜』などの岡田将生らが共演しています。
フィクションとドキュメンタリーの境界を曖昧にし、短い会話を通じて物語を発展させる濱口監督の手法がよく現れた作品と高く評価されており、カンヌ国際映画祭脚本賞、アカデミー国際長編映画賞(元外国語映画賞)など、世界各国で多くの映画賞を受賞しています。
今回は「ドライブ・マイ・カー」のご紹介です。
Contents
あらすじ(ネタバレあり)
ある日、家福はロシアでの仕事に向かうため朝早く家を出ました。車の中で、音が録音した『ワーニャ伯父さん』のセリフを聞きながら空港に着くと天候不良でフライトがキャンセルになってしまいました。
自宅に戻った家福は、音が浮気している現場に遭遇してしまいます。気づかれないようにそっと家を出て再び車に乗る家福。
その夜、空港近くのホテルで音とビデオ通話した家福は、ウラジオストクに着いたと話を合わせました。
仕事に出かける家福に音は、「今晩帰ったら少し話せる?」と声を掛けました。
その夜遅くに帰宅した家福は暗い室内で倒れている音を発見します。音はくも膜下出血で亡くなっていました。
2年後。『ワーニャ伯父さん』でワーニャを演じて名声を得た家福は舞台演出家となり、広島で行われる国際演劇祭へ招聘を受けます。
この演劇祭では、家福が広島に長期滞在して演出を務め、各国からオーディションで選ばれた俳優がそれぞれの役を自国語で演じながら、『ワーニャ伯父さん』を上演することになっていました。
自分で車を運転して広島へ到着した家福は事務局から事故のトラブルを避けるため、宿舎と仕事場の車での移動には専属のドライバーをつけさせてほしいという申し出を受けます。
扱いにくいマニュアル車だと家福は断ろうとしますが、やってきたドライバーの渡利みさきは有能で車の扱いに長け、無口で何も詮索しようとしないことに家福は好感を抱きます。
オーディションには高槻も参加していました。合格者が集められた配役発表の場で、だれもが家福が演じると思っていたワーニャ役が高槻に割り当てられました。
家福は高槻への感情を押し殺し、多国語での稽古が始まります。俳優たちは次第にお互いの感覚が鋭敏さを増していくのを感じていきます
みさきが運転する「サーブ900ターボ」で、家福は宿舎と劇場を往復しています。家福がみさきにどこで運転を覚えたかたずねます。
地元である北海道で、水商売の母を駅まで送り迎えするために中学生のころから運転していたというみさき。
しかし、あるとき大雨で地滑りが起き、自宅が土砂に呑み込まれる事故で母親は亡くなってしまいます。
1人になったみさきは何ひとつあてがないまま、無事だった車で家を離れ、その後、広島で新しい生活を始めたといいます。
高槻が家福に近づきはじめます。ひそかに妻と寝ていたかもしれない相手に、家福は夫婦の秘密を明かします。妻の音には別に男がいました。
「音との日々の暮らしは、とても満ち足りたものだと自分は思っていた。しかし、妻は自然に夫を愛しながら、夫を裏切っていた。妻の中には夫が覗き込むことのできない黒い渦があった」家福は高槻に話します。
この告白をきいて、高槻も音から聞いたという物語を語り始めます。
演劇祭は準備期間を終え、ようやく劇場での最終稽古が始まります。しかし、ある事件が起き、高槻が上演直前になって舞台を去ことになります。
事務局は家福にこのまますべてを中止するか、家福が高槻のワーニャ役を引き継いで上演を続けるかの選択を迫ります。猶予は二日間。
大きな衝撃を受けた家福は、みさきに「君の育った場所を見せてほしい」と伝えます。2人の乗った赤の「サーブ900ターボ」は北海道へ向かいます。
その車内で、家福とみさきは、これまでお互いに語らなかった大きな秘密をついに明かします。
静まりかえる雪原の中に立ったとき、家福は妻から大きな傷を受けたというこれまで自分が目をそむけてきた事実、そして自分が妻に抱いていた感情の真の意味にはじめて直面することになります。
キャスト
家福悠介(西島秀俊)
本作の主人公。俳優。妻を亡くしたショックから演出の仕事をしています。
演:西島秀俊
1999年、役所広司と共演した『ニンゲン合格』で映画初主演。長い昏睡状態から突然目覚めて生き方を模索する青年役を演じ、第9回日本映画プロフェッショナル大賞・主演男優賞を受賞します。
2002年、北野武監督の『Dolls』で主演に抜擢されます。この映画への出演は西島のキャリアにとって大きな転機となりました。
2005年の映画『帰郷』では、昔の恋人に子どもの父親だとして子どもを預けられて困惑するサラリーマンを演じ、第15回日本映画プロフェッショナル大賞・主演男優賞、第20回高崎映画祭・最優秀主演男優賞を受賞。
2006年、宮崎あおい主演の連続テレビ小説『純情きらり』で太宰治をモデルとした津軽弁の画家杉冬吾役をコミカルに演じ、お茶の間からの人気を得ます。
2014年にはオリコン発表の「2014年ブレイク俳優ランキング」で第2位にランクイン。
2017年、ファッションデザイナーのジョルジオ・アルマーニからの指名により、ジョルジオ・アルマーニの最高峰ライン「メイド・トゥ・メジャー」の広告モデルに日本人で初めて起用されます。
2018年も引き続き広告モデルを務めており、4シーズン連続起用もまた日本人初です。
渡利みさき(三浦透子)
家福の専属ドライバー。家福と時間を共有するうちにお互いの話をするようになります。
演:三浦透子
2002年、6歳の時に3000人のオーディションを勝ち抜き、2代目なっちゃんとしてサントリー「なっちゃん」のCMに出演し、話題になります。10月には、ドラマ『天才柳沢教授の生活』にレギュラー出演。
2007年にテレビドラマ『チョコミミ』にレギュラー出演。2011年のテレビドラマ『鈴木先生』でも、個性の強い役柄で原作の持つ雰囲気を再現し、高評価を受けています。
2019年、同年7月19日公開のアニメーション映画『天気の子』(新海誠監督)の主題歌「祝祭 (Movie edit) feat.三浦透子」「グランドエスケープ (Movie edit) feat.三浦透子」のボーカルに抜擢されます。
2021年に公開された『ドライブ・マイ・カー』に、寡黙な運転手役として出演、同作での演技により2022年に第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しています。
家福音(霧島れいか)
家福の妻。元女優の脚本家です。くも膜下出血で突然亡くなります。
演:霧島れいか
新潟県新潟市出身、ネストを経てプロダクション尾木所属。以前は吉原 歩の芸名で活動していました。
高校卒業後にOL勤務を経て、名古屋のモデル事務所セントラルジャパンに3年在籍してスチールやCMを中心にモデルとして活動。
25歳の時に女優を目指して上京し、女優として1998年にテレビドラマ『ブラザーズ』へ出演後は多数のテレビドラマや映画に出演しています。
1999年には、映画『催眠』に出演。それまで自主映画に出演する機会は多くあったものの、初めて本格的な映画に出演しました。
2005年に公開された第58回カンヌ国際映画祭受賞作『運命じゃない人』でヒロイン役を演じています。
高槻耕史(岡田将生)
家福が自分が目撃した妻の情事の相手ではないかと疑っている若手俳優です。
演:岡田将生
2008年、テレビドラマ『フキデモノと妹』(テレビ朝日)で初主演を果たします。
2008年冬から2009年にかけて、『魔法遣いに大切なこと』、『重力ピエロ』、『ハルフウェイ』など、主役級で出演する映画5本が相次いで公開。
これらによって2009年度映画賞の新人賞を総なめにします。
2009年、映画『ホノカアボーイ』で映画初主演。同年、テレビドラマ『オトメン(乙男)〜夏〜』(フジテレビ)で連続ドラマ初主演。
2010年、廣木隆一監督の映画『雷桜』で時代劇初出演。映画『告白』では熱血さが空回りする教師役、『悪人』では下劣なイケメン大学生と、癖のある脇役を好演し、第34回日本アカデミー賞では2つの作品から助演男優賞にノミネートされました。
2014年、蜷川幸雄演出による舞台『皆既食 -Total Eclipse-』で初舞台を踏み、19世紀フランスの詩人アルチュール・ランボー役で主演を務めています。
基本情報
受賞歴
第74回カンヌ国際映画祭
脚本賞
国際映画批評家連盟賞
エキュメニカル審査員賞
AFCAE賞
第79回ゴールデングローブ賞
非英語映画賞(旧外国語映画賞)
第94回アカデミー賞
国際長編映画賞
村上春樹とは?
村上春樹は、日本を代表する小説家・文学翻訳家です。
1979年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。1987年発表の『ノルウェイの森』は2009年時点で上下巻1000万部を売るベストセラーとなり、これをきっかけに村上春樹ブームが起きます。
そのほか、主な作品に『羊をめぐる冒険』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『1Q84』などがあります。
日本国外でも人気が高く、柴田元幸は村上を現代アメリカでも大きな影響力をもつ作家の1人と評しています。
2006年、フランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞し、以後、日本の作家の中でノーベル文学賞の最有力候補と見なされています。
精力的に、フィッツジェラルドやチャンドラーの作品などを翻訳。また、随筆・紀行文・ノンフィクション等も多く出版しています。
映画に投影された3作品
この作品は、村上春樹の短編集『女のいない男たち』に所収されている「ドライブ・マイ・カー」を原作としています。
しかし、映画には『ドライブ・マイ・カー』だけでなく、『女のいない男たち』に収録されている『シェエラザード』や『木野』のエピソードも投影されています。
『シェラザード』から、好きな同級生の男子の自宅部屋に不法侵入しては、気付かれないよう小物を盗んでは自分の何かを置いて帰る悪癖がやめられない女子高生の話が使われています。
また、『木野』という短編からは、同僚が妻と浮気している部分。アナログ音響機器へのこだわりみたいな部分もそうかもしれません。
『シェエラザード』
事情によって地方小都市にある「ハウス」に送られた31歳の羽原。
その彼と彼の世話係を任された2人の子どもを持つ35歳の主婦の代わり映えのないような関係から垣間見える不思議な魅力と、そこから生まれる心のざわつきを描いています。
『木野』
妻に裏切られた39歳の木野は、仕事をやめて『木野』というBarをはじめます。順調に思えたBarでしたが、ある時を機に、怪しい気配が店を包んでいきます。
喪失したことで「傷ついた心」をテーマに、登場する個性的なキャラクターや、次々と摩訶不思議な現象が巻き起こるストーリーは、最も村上春樹らしさが滲み出ていると言える作品です。
ほかにも、会話の中にちょっと登場するだけの『ワーニャ伯父さん』から着想し、場所も広島に移して思いっきり拡張した話にしています。
この挿話の融合がとても自然で、こちらがオリジナルのようにさえ思えてしまいます。
撮影地が広島だったのはなぜ?
なぜ広島を選んだのか?
2021年のカンヌ映画祭で濱口監督が脚本賞を受賞した際、「なぜ広島をロケ地に選んだのか」と海外のマスコミからの質問が集中しました。
濱口監督は「『ドライブ・マイ・カー』は妻を亡くした男性の再生の物語。原爆という傷から復興した広島は物語のコンセプトにぴったり」と答えています。
また、「ものすごく傷ついた人間がどうにかして希望を見つけようとしていくという物語。『広島という場所が(映画を)力づけ、導いてくれる』という感覚をどんどん持つようになった」などと説明しています。
また、瀬戸内の風景については「光線が透き通っている印象」とその魅力を語り、「そのロケーションの素晴らしさが十分に画面に収められたことは大きかった」と語りました。
そして、「自分史上最も美しい映像が撮れた」「限りないほどの力を与えてくれた素晴らしいロケ地。また広島で映画を撮りたい」などと話しています。
広島国際会議場 (広島市中区)
家福が演出を手掛ける広島国際演劇祭の会場として登場します。地下駐車場へ向かう円形のアプローチが印象的に映し出されています。
広島平和記念公園敷地内にある国際会議場は、建築家の丹下健三が1955年に設計した広島市公会堂を、1989年に建て替えた建物です。
公共建築百選にも選出され (その他、広島県の建物は平和記念資料館と県庁舎が選出)、無機質でモダンな様式が登場人物の心情とのコントラストを生み出していました。
広島市環境局中工場 (広島市中区)
ドライバーの渡利が、家福にお気に入りの場所として案内する実在の清掃工場です。平和記念公園前から南へ延長した軸線の先に、この敷地が広がっています。
建物の2階に設けられたエコリアムでは、焼却設備の見学もできます。設計者の谷口吉生は、平和記念公園からつづく軸線を妨げないようにと吹き抜けのある通路を設けたとのことです。中工場が登場するシーンは印象的でした。
映画ラストの意味は?
音を失ったことで「僕は正しく傷つくべきだった」と、やっと思いを口にできた家福を、みさきは抱きしめます。
広島国際映画祭では、「ワーニャ叔父さん」の舞台は大好評でした。
ワーニャ(家福)に寄りそうソーニャ(ユナ)は生きていきましょうと手話で語りかけます。
「ドライブ・マイ・カー」のラストは、みさきが韓国で家福と同じ車「赤いサーブ」に乗って、ユンスとヨナ夫婦の犬に似た大型犬を飼ってドライブしているシーンで終わりを迎えます。
みさきの表情が以前より明るくなっているのが、印象的なラストになっています。
「赤いサーブ」はみさきにとって、家福との貴重な思い出が詰まった車です。
また、「赤いサーブ」は、この映画の中で、家福にとっては音を、みさきにとっては母親を、つまり「喪った人」の象徴になっているのではないかと思います。
「大きな故障もした事がない」は「夫婦生活に大きな問題はなかった」という意味だと考えられます。
そういった意味で、「ドライブ・マイ・カー」は「亡くした人と共に生きていく」という意味のタイトルなのだとラストシーンから感じられるのですが、いかがでしょうか?
濱口竜介監督&西島秀俊の言葉
濱口竜介監督インタビュー
――村上春樹さんの小説は以前からお好きだったんですか?
濱口 「ええ、元々村上春樹さんの小説はよく読んでいました。当初は村上さんの別の短編を提案されたんですが、僕は映画化するなら『ドライブ・マイ・カー』をやりたいと話し、同じ短編集の他の小説も取り入れ作っていきました」
――別の二つの短編を組み込んだだけでなく、広島での演劇祭という映画オリジナルのドラマが展開しますね。上映時間のことはどうお考えだったんでしょうか?
濱口 「プロデューサーからは、上映時間は140分に収めるよう堅く言われていたんですが(笑)。なぜ長くなったか理由は色々ありますが、一番は役者が演じやすい場を作るにはどうするかと考えていった結果ですね」
「僕は毎回、「サブテキスト」と呼ぶ登場人物の来歴や心情を書いた資料を用意します。
役者は資料を読むことで役をより理解しやすくなり、その理解が役に還元される。このサブテキストの要素を脚本に付け加えるうち物語が大きくなっていったところがあります」
西島秀俊「濱口監督について」
西島「濱口監督は、今まで近しい人間関係における『得体の知れないもの』『人が繋がれずに断絶するさま』を描いてきたと思うんです。
村上春樹さんの原作にも、喪失感や、肉体的に繋がっていても心の部分で繋がることが出来ないというものがある。ここが濱口監督のテーマにも通じる部分だと思いました。
でも、濱口監督ならではの部分があるんですよ。不思議なことに(原作から)全く外れているわけではないのに、きちんと濱口監督のモノになっています。
断絶した先の希望なのか、喪失のまま終わらせないことが出来るのかということへの模索が感じられる。だからこそ、濱口監督が『ドライブ・マイ・カー』という原作を選んだことに納得がいくんです」
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は「ドライブ・マイ・カー」をご紹介しました。
海外での評価が高く、カンヌ国際映画祭脚本賞、アカデミー国際長編映画賞など多くの賞を受賞し、大きな話題となった作品です。
約3時間の長さと地味なストーリーであるにも関わらず、飽きさせず最後まで作品に引き込む脚本、監督の力はすごいと感じます。
演技も映像も控えめなBGMも、すべてがきれいに調和しています。(特に、岡田将生がいいです)
心に傷を負った人々の再生の物語と言えばそれまでですが、決して分かりやすい内容ではないので、想像力を働かせないと何が起こっているのか見落としてしまいそうになります。
作品からは、「感情を表に出さず、不快なことがあっても相手に気持ちを伝えることをしないで、自分の中にしまっておこうとする人間関係は、人生を台なしにしてしまう」というメッセージが伝わってきました。
非常に高い評価の反面、レビューでは、「暗すぎる」、「退屈だった」、「意味がわからない」といった低評価も多いです。
「村上春樹ワールド」が好きな人からの評価はとても高いいのかもしれませんが、そうでもない人には、バックグラウンドなしに深い共感を得ることは難しいのかもしれませんね。
今回は「ドライブ・マイ・カー」のご紹介でした。
脚本 濱口竜介 大江崇允原作 村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(『女のいない男たち』 文藝春秋刊収録)
製作 山本晃久出演者 西島秀俊 三浦透子 霧島れいか 岡田将生製作会社 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公開 (日本) 2021年8月20日
上映時間 179分
製作国 日本
言語 日本語 英語 韓国語 北京語 ドイツ語
興行収入 5億6085万円