人種差別のために夢をあきらめた男の無念と家族への屈折した愛情を描く「フェンス」

人種差別のために夢をあきらめた男の無念と家族への屈折した愛情を描く「フェンス」

今回ご紹介する映画は、デンセル・ワシントンが監督・主演を務めた2016年のアメリカ映画「フェンス」です。

これは1983年にオーガスト・ウィルソンが発表した戯曲『Fences』が原作です。

高い評価を得た作品で、第89回アカデミー賞では作品賞を含む4部門にノミネートされ、母親役のヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞を受賞しています。しかし、日本では劇場公開されていません。

今回は「フェンス」のあらすじ・見どころ・レビューなどをご紹介します。

あらすじ(ネタバレあり)

舞台はいまだ黒人差別が残る1950年代のアメリカ、ピッツバーグ。
黒人のトロイ・マクソンは妻ローズ、息子コーリーとともに下町で暮らしていました。

裕福な白人家庭のゴミを収集する仕事には辟易しつつも、トロイは同僚で親友のボノとは仕事中いつも陽気に語らっていました そんな明るいトロイですが、過去にはつらい出来事を経験していました。

初の黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンが登場する少し前の時代、トロイはニグロリーグで大活躍した野球選手でした。

しかし、メジャーに進出することは最後まで叶わず、トロイはその理由を黒人差別にあると決めつけていました。

この経験でトロイは白人優位社会で黒人が活躍することは不可能と考えるようになり、2人の息子たちには夢を追わず、堅実に生きて欲しいと望んでいました。

しかし、トロイの望むようにはならず、前の恋人との間に産まれた長男ライオンズは貧乏生活を続けながらミュージシャンとしての成功を夢見、ローズとの間に産まれた次男コーリーはフットボールの才能を伸ばしたいと考えていました。

実際、彼には抜群の身体能力があり、一流大学からのスカウトが来ていました。当時多くの黒人がスポーツ界で活躍しており、コーリーにもその可能性が十分にありました。

フェンス1

トロイはそんなコーリーの大学進学を認めず、アルバイトで金を稼ぐよう命じました。

トロイにはガブリエルという弟がいます。弟は戦争で頭部を負傷したため、後遺症により知能が退行してしまい、近所でも変人扱いされていました。

ガブリエルは現在、自ら望んで別の家に住んでいますが、兄の家へ日課として訪ねて来ていました。

そんな折、ローズから家を囲むフェンスを立てて欲しいと頼まれます。トロイは週末を利用してフェンスを作ることを約束しますが、決まって土曜日はバーへ出かけてしまいます。

そんなある日、長男のライオンズと親友のボノが家にやって来ました。ちょうどその日は、上司への交渉が実り、トロイのゴミ収集車運転手への昇格が決まった日でした。

庭に腰かけ、2人はトロイの昔話に耳を傾けました。トロイの父親は家庭に無責任な男だったこと、14歳のときにそんな父親を克服しようとしたこと、それができずに家出したこと、初めて聞くトロイの身の上話にライオンズは驚きます。

トロイは生活のために窃盗を繰り返し刑務所に入ったことも明かしました。刑務所の中でボノと野球に出会い、出所後は愛するローズと出会い今の生活を築いたといいました。

後日、フェンス作りをするトロイをボノが訪ねてきました。ローズがフェンスを作って何を締め出したがっているのかわからないとトロイが言うと、ボノは「閉め出すためか、中の人を出さないためか」と返答しました。

この言葉に困惑するトロイに、ボノは「自制しろ」と言葉をかけてきました。

その意味するところをトロイは承知していました。トロイはアルバータという女性と浮気していたのです。
ボノが去ると、トロイは覚悟を決めローズにある事実を告白しました。浮気相手のアルバータがトロイの子を妊娠したのです。

18年間の夫婦生活に対する夫に裏切りに絶望するローズ。彼女は溜めていた思いをトロイにぶちまけ、2人の間には大きな溝が生まれてしまいました。

コーリーはそんな母親に寄り添い、トロイから守ろうとします。トロイは激怒し家族の心はバラバラになってしまいます。

街を激しい雷雨が襲ったある夜、アルバータが女児を出産するも難産で亡くなったという知らせがトロイの元に届きました

それから間もなく、トロイが娘を家に連れ帰ってきました。ローズは父親の罪は着せられないと赤ん坊を育てることを受け入れますが、同時にトロイの妻として生きることをやめると宣言しました。

トロイは家に戻り庭で一人酒を飲んでいました。
すると、そこにコーリーが戻り、トロイに反抗的な態度を示してきました。

ローズを悲しませていること、コーリーにとってずっと恐怖の存在だったこと、コーリーはすべてをぶちまけ、トロイが愛用するバットを持って父親と対峙しました。

しかし、攻撃は不発に終わりトロイはコーリーを圧倒、家から追い出してしまいます。

数年後。成長した娘と妻のもとに、海軍で昇進したコーリーがやってきます。
この日はローズのお葬式でした。

それぞれがあまり良くない父との思い出に耽ります。フェンスは完成していました。

しかし、幼い娘の存在が残された家族に希望をもたせます。

病院から出所していたガブリエルもやってきました。
彼がトランペットを吹くと雲が流れて太陽が現れました。

キャスト

トロイ・マクソン(デンゼル・ワシントン)

本編の主人公。若い頃に家を出て以来、強盗として生計を立てていたが、殺人を犯してしまったために刑務所に入ることになります。そこで後に親友となるジムと出会い、自身に野球の才能があると気づきます。

そこで、彼は「ニグロリーグ」のプロ選手として活躍しますが、もう少しでメジャーリーグ行きとなったとき、人種差別により試合に出場させてもらえなかった苦い過去を持っています。

昔気質で父親としての威厳を保とうとしており、家族に厳しく当たっています。

息子のコーリーが大学のチームからフットボール選手として、スカウトされていることを聞かされても、人種差別があるためにチームに入っても無理だと決めつけます。

野球を諦めてからはゴミ収集車の係員として生計を立てています。

フェンス4

演:デンゼル・ワシントン
映画デビューは81年。その後出演作ごとに注目され、87年の「遠い夜明け」でアカデミー助演賞にノミネート。90年、「グローリー」で同賞を受賞。

以降、数多くの話題作に出演。もっともアカデミー主演賞に近い黒人俳優として、期待されていました。そしてついに01年、「トレーニング デイ」でシドニー・ポワチエ以来、2人目の受賞となりました。

ローズ・リー・マクソン(ヴィオラ・デイヴィス)

トロイの2番目の妻です。気が強く気丈な性格ですが、慈悲深く愛情深い女性です。
トロイと結婚後は、夫に全てを捧げ一心に尽くします。

トロイが浮気相手を妊娠させていることを知ったときは、長年積もりに積もっていた不満をあらわにして激怒しますが、「産まれた赤子に罪はない。父親の罪を被せる道理もない」と観念し、赤子を育てることに同意します。

演:ヴィオラ・デイヴィス
映画出演は1996年の「大いなる相続」から。「アウト・オブ・サイト」や「ソラリス」などスティーヴン・ソダーバーグ監督作品のほか様々な作品で脇役を務めます。

そして2016年、自らもトニー賞を受賞した「フェンス」の劇場版でついにアカデミー賞を受賞します。舞台で鍛え上げられた確かなスキルで演技巧者ぶりを発揮し、実力派として幅広く活躍中です。

ジム・ボノ(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)

トロイの親友で白人。恰幅が良い男です。優しくひょうきんな性格で妻一筋。
トロイが地元のバーで働くアルベルタと浮気していることに気がつき、「必ずしっぺ返しが来るから、関係を終わらせろ」と警告します。

ところが、トロイが転属になったために、ボノはトロイと疎遠になっていきます。

フェンス2

演:スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン
North Carolina School of the Artsでの学位獲得後、イングランドのRose Bruford Collegeで演劇を学びます。

「フェンス」のほかにも、「レディ・バード」 (17年)「ペントハウス」 (11年)などの映画や「ブルーブラッド 〜NYPD家族の絆〜」「エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY」「フィアー・ザ・ウォーキング・デッド」などのドラマにも多数出演しています。

ライオンズ(ラッセル・ホーンズビー)

トロイと前妻の息子です。定職に就くのが苦手でヒモのような生活を送っていますが、ミュージシャンを目指しています。軽そうに見えて実は誠実で心優しい青年です。

父の元へやって来る時は大抵、お金が足りない時です。
トロイにライブを見に来て欲しいと言いますが、トロイはそれすらも拒否します。

演:ラッセル・ホーンズビー
舞台とTVドラマを中心にキャリアを積み、映画「ミート・ザ・ペアレンツ」(00)や「ダイヤモンド・イン・パラダイス」(04)などに出演。

「フェンス」以降は、人気TVシリーズ「GRIMM グリム」(11~17)のメインキャストとして人気を博します。

基本情報

基本情報
監督         デンゼル・ワシントン
脚本         オーガスト・ウィルソン(英語版)
原作         オーガスト・ウィルソン『Fences』
製作         トッド・ブラック スコット・ルーディン デンゼル・ワシントン
出演者        デンゼル・ワシントン ヴィオラ・デイヴィス
音楽         マーセロ・ザーヴォス
撮影         シャルロッテ・ブルース・クリステンセン
編集         ヒューズ・ウィンボーン
製作会社       ブロン・スタジオズ マルコ・メディア 他
配給         パラマウント映画
公開         〔アメリカ〕 2016年12月16日 〔日本〕 劇場未公開
上映時間        139分
製作国         アメリカ合衆国
言語           英語
製作費          $24,000,000
興行収入            〔世界〕 $64,414,761 〔アメリカ〕 $57,682,904

受賞歴

受賞歴
第89回アカデミー賞
助演女優賞を受賞          ヴィオラ・デイヴィス第74回 ゴールデングローブ賞
最優秀助演女優賞           ヴィオラ・デイビィス

差別のために夢をあきらめた無念と怒り

物語の舞台は1950年代の米ピッツバーグ。デンゼル・ワシントン演じるアフリカ系アメリカ人のトロイは、清掃作業の仕事をしている元野球選手の初老男性です。

野球の世界では、ハンク・アーロンが57年にホームラン王と打点王に輝くなど、アフリカ系アメリカ人も活躍していましたが、キング牧師が暗殺されたのは68年のこと。まだまだ人種差別が当然のような時代でした。

トロイもアフリカ系アメリカ人だけの野球リーグニグロリーグで大活躍していましたが、メジャーリーグ進出の夢はかなわなかったという過去があります。

妻のローズは、「メジャーリーグに入れなかったのは年齢のせいよ」となぐさめますが、トロイはあくまでも「肌の色のせいだ」と思い込んでいます。

ある白人選手の名を挙げ、「俺は4割3分2厘、ホームラン37本。やつは2割6分9厘でヤンキースだ」と愚痴をこぼします。

息子のコーリーは高校のアメリカン・フットボール部で活躍していますが、トロイはアルバイトよりも部活動を優先する息子を許しません。また、大学からのスカウトの話も決して認めようとしません。

トロイは言います「黒人は倍の実力が必要だ。スポーツに深入りするな、白人はおまえに活躍させやしない」「おまえは勉強してスーパーで働くか、修理工になるか、大工になって手に職をつけるんだ。そうすりゃ他人のゴミを集めなくて済む」と。

妻ローズの「時代は変わった。人も世界も変わっているのに見えていない」という言葉にも耳を貸そうとせず、トロイは挫折で歪められた自分の生き方を息子にも強引に押しつけます。

「息子をスポーツで傷つけたくない」と言いますが、コーリーにとってはあまりに理不尽な仕打ちです。

差別のために夢をあきらめた無念と怒り。それを息子にもぶつけ、夢を握りつぶしてしまう身勝手で偏屈な男をワシントンが演じきっています。

家族をフェンスで囲もうとした男

主演のデンゼル・ワシントンは、かつての黒人イメージから脱却していくような挑戦的俳優人生を送ったのに対し、彼が「フェンス」で演じるトロイは黒人イメージの呪いから抜け出せずに堕ちていく人間です。

確かにトロイ本人が言うように、彼はアメリカ史における根深い黒人差別の壁に苦しみ、人生を翻弄されたのは間違いないでしょう。

しかし、映画の舞台である1950年代は黒人がスポーツやジャズで普通に活躍できるようになった時代。トロイの体験した時代とは違います。ボノの「時代は変わった。お前は早すぎたんだ」の言葉のとおりです。

ところが、トロイは肌の色という理由だけで自身の人生の苦悩を他人にまで押し付けます。

典型的な父権主義、人種的劣等感、世代ギャップなど。あらゆるものが醜くねじ曲がってトロイの歪んだ価値観ができあがっています。

本来なら、トロイは家族を外から守るフェンスの役割を果たすべき存在であるべきなのですが。彼は家族をフェンスの内側に閉じ込めておきながら、自分はフェンスの外の世界で浮気をし、子どもまで作っているという救いのない父親。

「フェンス」の宣伝キャッチコピーは「彼らがフェンスで守りたかったのは、ゆるぎない愛」とありますが、本当にそういう映画だったのだろうか疑いたくなります。

愛は求めていたけど彼のフェンス作りは、守るという保護のためではない独占欲になってしまっていたような気がします。

「フェンス」の評価

フェンスの評価

「フェンス」は批評家からは評価されています。
映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには192件のレビューがあり、批評家支持率は93%、平均点は10点満点で7.8点。

サイト側による批評家の見解の要約は「ブロードウェイで上演したときと同じ俳優陣を揃えたことから脚色に至るまで、強固に作り上げられた『フェンス』はピューリッツァー賞を受賞した原作を変質させることなく、見事に映画化して見せた。」となっています。

また、Metacriticには48件のレビューがあり、加重平均値は79/100となっています。なお、「フェンス」のシネマスコアはA-となっています。

『ボストン・グローブ』のタイ・バールは4つ星評価で3星半を本作に与え、「『フェンス』は常識を覆すような作品ではない。しかし、芸能界の巨人2人の演技とどこまでも深いドラマは、その欠点を十分埋め合わせてくれる」と評しています。

 

レビュー

●トロイのダメ親父っぷりがすごい!
辛い過去があったが、素敵な女性と結婚し、きついゴミ収集の仕事をし、一家の大黒柱として頑張ってはいるんだが暴君過ぎ。1950年代とのことで、どこの国も昔は父親の存在が絶対だったんだろう。

この映画は世界が狭くて、主に出てくるのはトロイと妻のローズ、親友のボノ、息子2人、トロイの弟ゲイブのみ。舞台も95%が自宅。

ボノの忠告も聞かず、浮気相手と子どもを作った上に開き直るトロイには全く同情できず。
一方、辛い状況に置かれてもひたすら耐え忍ぶローズにはただただ同情してしまった。

●黒人リーグで大活躍していたトロイ。今はしがない清掃業で家族を養う日々。
息子2人の夢を応援するどころか自分の夢が破れて以降、コンプレックスの塊になっていたトロイは俺のように働けと揶揄する。

舞台劇をそのまま映画に持ち込んでも成立する類いで、冒頭からセリフが相当有り、その中に貧困や嫉妬、憎しみなどのテーマが込められている。

この恐喝的な父親は過ちを犯しており、家族の間に大きな亀裂が出来る。その関係性を庭にあるフェンスに例えて伝えてくる。

●会話シーンが長いのは、舞台劇だったことなどが関係あるのでしょうね。演技力のある俳優さんだからこそ、それでも映画として成り立っていると感じます。

映画としては、少し長回しが多いなぁと感じますが、個人的にはこの身勝手で自分がしんどいことばかり妻に訴えて、妻のつらさをまったく理解しようとしない夫にものすごく腹が立って観ていました。

それでも家族はそれぞれの幸せを掴み取ろうと生きているんだなぁと、固定概念にとらわれずに物事を見ることが大事なぁと感じさせられる内容でした。

アカデミー賞「フェンス」はなぜ日本未公開なのか?

「フェンス」は、アカデミー賞では作品賞を含む4部門にノミネートされ、母親役のヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞を受賞しています。

フェンス3

しかし、アカデミー賞主要賞を受賞した作品としては、助演女優賞の受賞作「メルビンとハワード」以来、なんと36年ぶりの日本未公開作となりました。

なぜ日本で「フェンス」の劇場公開が見送られたのでしょうか?
その背景には、外国映画の興行が年々厳しくなっているという問題があるようです。

「フェンス」を製作したのはハリウッドのメジャー・スタジオの一つ、パラマウント映画。日本では洋画配給の老舗、東宝東和の関連会社である東和ピクチャーズが、パラマウント映画の日本代理店のような形で作品を独占的に配給しています。

ただ、効率的に興収という数字を上げるためにはどうしても大作中心になってしまいます。宣伝などに手間がかかるアート系の作品配給は後回しになりがちです。

メジャー系が配給しない場合、独立系の映画会社が買い付けることもありますが、この作品ではそれもなかったようです。

その理由は単純に「ビジネスにならないから」ということのようです。

買い付け額に見合う興業収入が見込めないとなかなか難しい。
映画はビジネスであると同時に文化でもあるはずですが、近年は映画会社もビジネスを最優先しており、作品一つ一つを大切に扱う余裕もなくなっているようです。

「フェンス」のようにアカデミー賞を受賞している秀作が日本で公開されないケースは、今後も増えていきそうですね。

まとめ

今回は「フェンス」をご紹介しました。いかがでしたか?
一言でいって、とても難しい映画でした。

アカデミー賞4部門ノミネート、助演女優賞も受賞した作品にしては、一般のレビューの評価はかなり低いです。

だだ、低評価の理由は単に「主人公が不愉快なキャラだから」ではないでしょうか?
確かに「傲慢すぎる上に浮気して子供まで作った自己中な父親とそれに振り回される家族の話」に見えてしまいます。

私も主人公のトロイが息子のコーリーに悪態をつく場面は、何てひどい父親だろうと思いましたが、実はそれは我が子に「この厳しい世界を生き抜けるよう、強くなってほしい」と伝えたかったからだと最後にはわかるような気がしました。

トロイは本当は弱い人間だったのだと思います。壮絶な生い立ちであり、また、差別のために夢破れた過去を持つ人間。

家族の事をとても案じているけれども、あまりに自分勝手で心が頑ななために、それが嫉妬や歪んだ愛情表現になってしまったのではないかと思います。

トロイは決して悪人ではなく、ただただ哀れな男であり、哀れな父親だったのだろうと感じます。