1999年に公開された映画『アメリカン・ビューティー』。監督には2012年の映画『007 スカイフォール』等で知られるサム・メンデスが起用されました。
この作品はアメリカ社会が抱える根深い闇を、辛辣に、また、コミカルに描いています。
アメリカでの評価は非常に高く、アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、撮影賞の5部門を獲得しています。
広告代理店に勤め、シカゴ郊外に住む42歳のレスター・バーナム。彼は一見幸せな家庭を築いているように見えます。
しかし、不動産業を営む妻のキャロラインは見栄っ張りで自分が成功することで頭がいっぱい。娘のジェーンは典型的なティーンエイジャーで父親のことを嫌っています。
レスター自身も中年の危機を感じていました。
そんなある日、レスターは娘のチアリーディングを見に行って、彼女の親友アンジェラに恋をしてしまいます。
そのときから、諦めきったレスターの周りに完成していた均衡は徐々に崩れ、彼の家族をめぐる人々の本音と真実が暴かれてゆきます。
今回は「アメリカン・ビューティー」のご紹介です。
Contents
あらすじ(ネタバレあり)
広告代理店勤めの中年男性レスター・バーナムは、はた目からはとても幸せそうな家庭を築いていました。
上昇志向が強く不動産関係の仕事をする妻のキャロラインと、典型的なティーンエイジャーである娘のジェーンと住んでいます。
実際のレスターは、妻と娘からは冴えない男として見られ、長年勤めた会社からは人員整理の話をされます。
普段から親子の会話もなく、会社の愚痴をこぼしても家族の誰も相手にはしてはくれません。
ある日、ジェーンとの距離をつめようと、レスターはチアリーディングの様子を見にいきます。そこでレスターは娘の友達アンジェラに会い、一目で魅了されてしまうのです。
彼は美しいアンジェラに恋をしてしまいます。そんな中、近所に元海軍大佐のフランク・フィッツの家族が引っ越してきました。
そして、息子のリッキーがジェーンとアンジェラと同じ学校に転校してきました。
リッキーの家は元海軍大佐だった厳格な父親に支配されており、家族全員が父親の言うことに従っている状態です。
アンジェラは中学時代の彼を知っているらしく“変人”だとジェーンにいいます。しかし、リッキーがジェーンに興味をもってことに対して、ジェーンは悪い気はしていないようです。
実は、リッキーはドラッグの売人をしていて、後にレスターは彼の客となってしまいます。
ある日帰宅すると、想いを寄せるアンジェラが家に泊まりに来ていました。
ジェーンとアンジェラの会話を盗み聞きしていたレスターは、アンジェラがマッチョな男を好きだと知り、突然肉体改造を始めます。
ある日レスターとキャロラインは喧嘩をします。この喧嘩をきっかけに彼の中で何かが変わるのです。
自信が湧いてきたレスターは、会社へ不満をぶち撒け、さらに上司を脅して自ら辞職し、気楽なハンバーガー屋に就職します。
同じ日、キャロラインは仕事仲間と不倫し、リッキーとジェーンは順調に交際を続けます。
激しい雨の降る夜、レスターに不倫を知られたキャロラインは銃を握りしめ、車を走らせていました。
フランクは、息子とレスターができていると信じ込み、リッキーに激しい虐待を加え、ついにリッキーは家を出ます
ジェーンの家にはアンジェラが泊まりに来ていました。駆け落ちしようとするジェーンとリッキーをアンジェラは引き止めますが、ジェーンと喧嘩になり深く傷つきます。
傷ついたアンジェラを慰めたレスターは彼女と関係を持つ寸前。しかし、処女であることを告白された彼は一気に冷めてしまい、彼女を抱くことはしませんでした。
アンジェラからジェーンのことを聞いたレスターは父親としての自覚を取り戻すのです。
レスターは一人でキッチンに座り、家族写真を見つめ、自分は幸せだと微笑みます。
そのレスターの頭を背後からフランクが撃ち抜くのです。
キャスト
レスター・バーナム(ケヴィン・スペイシー)
妻・キャロラインと喋ることにストレスを感じ、娘に関心を持たない、生きる希望を失った、典型的な中年の危機の男性です。
娘のチアリーディングダンスを観に行った際、センターで踊っていたアンジェラに恋してしまいます。
演:ケヴィン・スペイシー
81年、ニューヨーク・シェイクスピア・フェスティバルでデビューし、舞台を中心に活躍。91年にはトニー賞に輝いています。
TVシリーズ「ワイズ・ガイ」(日本未放映)にも出演。映画デビューは86年の「心みだれて」になります。
注目を集めたのは95年の「セブン」からで、同年の傑作「ユージュアル・サスペクツ」ではアカデミー助演賞を受賞。
その後は「L.A.コンフィデンシャル」、「交渉人」と話題作が続き、99年の「アメリカン・ビューティー」では遂にアカデミー主演賞を受賞しました。
96年には「アルビノ・アリゲーター」で監督デビューも果たしています。
キャロライン・バーナム(アネット・ベニング)
不動産業を営むレスターの妻。ヒステリックで上昇志向が強く、毎日やる気のないレスターにうんざりしています。
夫婦仲は冷め切っていますが、ご近所や仕事仲間には家族仲良しアピールを欠かしません。
演:アネット・ベニング
サンフランシスコ州立大学卒業後、アメリカン・コンサヴァトリー劇団に入団。さまざまな舞台を経験します。
88年「大混乱」で映画デビュー。翌年の「恋の掟」で注目を受け、「グリフターズ/詐欺師たち」でアカデミー助演賞にノミネートされます。
その後「心の旅」や「真実の瞬間(とき)」での心優しき妻を演じてその実力を発揮、99年の「アメリカン・ビューティー」では2度目のアカデミー主演女優賞ノミネート。
「バグジー」で共演した“プレイボーイ”ウォーレン・ベイティと交際して女の子を出産しています。
ジェーン・バーナム(ソーラ・バーチ)
バーナム家のひとり娘の高校生です。両親が彼女に上辺でしか興味を持っていないことを見抜いています。
いつも冷静で落ち着いているタイプ。寂しさを抱えていますが、それを両親に訴えることはあきらめています。
演:ソーラ・バーチ
4歳の頃からTVCMに出演し、91年の「愛に翼を」で4000人ものオーディションから選ばれ注目を浴びます。
翌年「パトリオット・ゲーム」ではジャック・ライアンの娘を演じ、「Dearフレンズ」ではメラニー・グリフィスの少女時代の役に扮して幼いながらも実力を発揮します。
また、アカデミー主要部門を独占した「アメリカン・ビューティー」では、ケヴィン・スペイシーの娘という重要な役柄で今後に期待出来る演技を披露しています。
リッキー・フィッツ(ウェス・ベントリー)
バーナム家の隣に引っ越してきたフィッツ家のひとり息子でジェーンの同級生です。
引っ越し直後からバーナム家に興味を持ち、ビデオカメラで撮影をします。
数年前に麻薬の使用がばれ、更生施設に入れられていましたが、施設から出た現在も両親に内緒で麻薬売買をしています。
演:ウェス・ベントリー
両親ともメソジスト派の牧師で、4人兄弟の三男。アーカンソーの高校卒業後、ジュリアード音楽院で1年間演技を学びます。
1998年、ジョナサン・デミ監督の映画『愛されし者』の端役としてデビュー。1999年、サム・メンデス監督の『アメリカン・ビューティー』に出演。知名度があがります。
そのほかにも、映画では『ゴーストライダー』(07)、『ハンガー・ゲーム』(12)、『インターステラー』(14)、TVドラマでは『アメリカン・ホラー・ストーリー: ホテル』(14~)などの出演があります。
アンジェラ・ヘイズ(ミーナ・スヴァーリ)
ジェーンの同級生です。金髪美人でモデル志望の女の子です。他人を見下す性格で、ジェーンに対しても毎日のようにモテ自慢をします。
演:ミーナ・スヴァーリ
12歳ごろからモデルを始め、クエーカーオーツカンパニーのCMに出演。テレビシリーズ『ER緊急救命室』や『シカゴホープ』に出演。1997年に映画デビュー。
『アメリカン・ビューティー』では、ケヴィン・スペイシー扮する主人公を虜にする小悪魔的な女子高生を演じて、英国アカデミー賞助演女優賞にノミネートされます
ホラー作品の出演も多く、『死霊のえじき』のリメイク作品『デイ・オブ・ザ・デッド』(08年)、イーライ・ロス、ジェイソン・ブラム製作のテレビドラマ『サウス・オブ・ヘル』(15年)などに主演しています。
フランク・フィッツ(クリス・クーパー)
リッキーの父親で元海軍大佐です。規律を重んじていて自分にも他人にも厳しいところがあります。頭に血が上ると息子のリッキーにも暴力をふるいます。
演:クリス・クーパー
1980年に映画デビュー。しばらくは芽が出ない年が続きます。転機はスティーヴン・ソダーバーグが26歳で監督を務めた『セックスと嘘とビデオテープ』への出演です。
それ以降、ロバート・アルトマン監督の群集劇『ショート・カッツ』ではアンサンブル・キャストの1人としてゴールデン・グローブ賞も受賞。
『アメリカン・ビューティー』では、アネット・ベニング演じる主人公の妻と不倫関係になる不動産王を演じて印象を残しています。
基本情報
受賞歴
第72回アカデミー賞
作品賞
監督賞 サム・メンデス
主演男優賞 ケヴィン・スペイシー
脚本賞 アラン・ボール
撮影賞 コンラッド・L・ホール
第57回ゴールデン・グローブ賞
作品賞(ドラマ)
監督賞 サム・メンデス
脚本賞 アラン・ボール
『アメリカン・ビューティー』とは?
映画タイトルにもなっている「アメリカン・ビューティー」とはバラの種類の名前です。色は真紅で、発祥の地はアメリカ合衆国。
映画の中でこのバラは様々な意味を持っています。 1つは「アメリカの美点」。
「豊かな家庭の象徴」としてキャロラインが自宅の庭に赤いバラを栽培しています。
また、「官能の象徴」としてレスターの妄想の中でアンジェラと共に赤いバラの花弁が登場しています。
この花は大変美しい花なのですが、目に見えない根っこから腐敗させていく傾向がある花でもあります。
レスターの家族、フランクの家族はアメリカン・ビューティーのように一見すると郊外に家を持つ幸せな家族です。
しかし、よく見てみるとそれぞれのメンバーが家族をばらばらにするほどの悩みを持っていました。
映画は見た目だけが美しいが、根っこには闇を抱えているという家族が崩壊していく様子を描いています。
また、アメリカの中流家庭の崩壊を描いた映画に「アメリカの美」という題名をつけることで、アメリカ社会に対する強烈な皮肉を利かせています。
「ごく普通」の中流家庭
痛いオジサン
娘であるジェニーの通う高校のチアリーディングダンスを観させられたレスターは、娘の親友であるアンジェラに一目惚れしてしまいます。
レスターは、その恋愛感情を異常だと気づかず、アンジェラと数回会話しただけですっかりその気になってしまい、ランニングや筋トレを始めるなど、冴えないオッサンから痛いオジサンへ様変わり。
調子に乗ったレスターは会社の社長のスキャンダルをネタに多額の金を受け取って退職してしまいます。
ヒステリックな妻
レスターの妻キャロラインは、バリバリのキャリアウーマン。と同時にかなり高圧的でヒステリックな人物です。
序盤から「レスターに運転をさせない」というシーンが描かれ、「家族のハンドルを握っている」リーダーポジションであることが描かれています。
食事の際には自分の好きな音楽をかけ、家族を従わせようとします。
しかし、不動産で成功している男性と不倫関係に。これがレスターに見つかってしまいます。
弱みを握ったレスターは、キャロラインに今後は自分に一切口出しするなと言い放ちます。
反抗期の娘
レスター家のひとり娘。反抗期の真っ最中ですが、豊胸手術のために貯金をする多感なティーンエイジャーです。
親友のアンジェラに常にコンプレックスを持っていた彼女が、隣人のリッキーに盗撮されることで、誰かに興味を持たれている快感を覚えていきます。
ジェーンは、リッキーと恋愛関係になっていくことで他者に自分の想いをぶつけるようになり、自慢話ばかりするアンジェラにも反論するようになります。
「アメリカン・ビューティー」トリビア
本当はバラではなく水の入ったプールだった?
レスターがバラの敷物に全裸で横たわるアンジェラを空想する有名なシーン。監督のサム・メンデスがこの名シーン誕生秘話を明かしています。
「もともとは水の入ったプールという設定でしたがバラに変えました。その方が撮影も簡単だったしね。クレーンから本物のバラの花びらを落としながらハイスピードカメラで撮影し、逆再生するという方法を用いました」
「このシーンを美しいものにしているのは、ミーナの動きにほかなりません。通常よりも6倍遅いスローモーションで撮影したので、ミーナは狂った蝶のように腕をパタパタさせなければなりませんでした」
親友・アンジェラ
作品の核ともいえるアンジェラを演じ切ったミーナ・スヴァーリは、女優のほかモデル、ファッションデザイナーとしても活躍しています。
アンジェラ役にはキルスティン・ダンスト、サラ・ミシェル・ゲラー、ブリタニー・マーフィー、ケイティ・ホームズなどが候補入りしましたが、いずれも強烈な役柄のために断ったといわれています。
メンデス監督はジェーンのメイクを濃い→薄い、アンジェラのメイクをその逆に演出していっています。
物語が進むにつれて2人の関係性が逆転していくさまを、視覚的にも表現しています。
ケヴィン・スペイシーのアドリブ
仕事を辞めたレスターがマリファナを吸いながらドライブスルーへやってくるシーンで、ゲス・フーの名曲「アメリカン・ウーマン」を熱唱するのはケヴィン・スペイシーのアドリブです。
メンデスは自身の監督手法について次のように説明しています。「撮影が行き詰った時は、“撮るのをやめろ、みんなコーヒーでも飲んで休憩してこい。それからちょっと即興でやってみようじゃないか”と言うんだ」
レスターが夕食の席でアスパラガスののった皿を壁に投げつけるのもまた、ケヴィンのアドリブのようです。
もともとは床に投げることになっており、アドリブに驚いたアネット・ベニングとソーラ・バーチからリアルな反応を引き出すことに成功しました。
「アメリカン・ビューティー」レビュー
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は「アメリカン・ビューティー」のご紹介でした。
正直に言って、この作品を見て純粋に「おもしろい映画だった」といえる日本人は、それほど多くはないと思います。
「アメリカン・ビューティー」を観に行った人々の大部分は、「アメリカン・ビューティー」がアカデミー作品賞の受賞作だからだったと思います。
「アメリカの美点」という美しいタイトルとは逆に、そこに描かれるのは、崩壊した家族、破綻した夫婦、交流のない親子。
さらには、浮気する妻、リストラ、麻薬の売人と常習者、子供への虐待、精神科にかかる子ども、そして、同性愛。およそ考えられるほとんどのアメリカの問題が、この2つの家族とその周辺に凝集しています。
この作品は見た目には美しいけれども、多くの闇を抱えている家族が崩壊していく様子をリアルに描いています。その一方で、各シーンには笑いが詰まっています。
文化の違いから、アメリカ人にバカウケ間違いなしの場面でも日本人はスルーしてしまう可能性はありますが、コメディとヒューマンドラマの中間のような、他の作品にない独特の雰囲気を持つ作品です。
しかし、抽象化されたかのような映像美はとても印象的でした。あの綺麗な映像がなければこの映画は単なるブラックコメディになっていたと思います。
このバランス感覚が傑作と言われる所以なのでしょう。映画好きには外せない1作です。
監督 サム・メンデス
脚本 アラン・ボール
製作 ブルース・コーエン ダン・ジンクス
出演者 ケヴィン・スペイシー アネット・ベニング ソーラ・バーチ
音楽 トーマス・ニューマン
撮影 コンラッド・L・ホール
編集 タリク・アンウォー クリストファー・グリーンバリー
配給 〔アメリカ〕 ドリームワークス 〔日本〕UIP
公開 〔アメリカ〕1999年10月1日 〔日本〕 2000年4月29日
上映時間 122分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $15,000,000
興行収入 $356,296,601 〔日本〕19億6000万円